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岡山地方裁判所 昭和31年(行)9号 判決 1967年4月12日

倉敷市二日市一〇一番地

原告

藤原巌

右訴訟代理人弁護士

黒田充治

同市旭町六七九番地

被告

倉敷税務署長

右指定代理人

鴨井孝之

福島豊

渡辺岩雄

池田博美

常本一三

右当事者間の標記事件について、当裁判所は、次ぎのように判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が原告に対して昭和二九年七月二〇日付でした原告の昭和二五年度および昭和二六年度分の所得税の更正決定を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

「一、原告は、昭和二五年度の所得税については、昭和二六年二月二八日所得額金二三二、四〇〇円、納付すべき税額〇と、昭和二六年度の所得税については、昭和二七年三月二〇日所得額四七三、一〇〇円、納付すべき税額〇とそれぞれ確定申告をした。

二、被告は、昭和二九年七月二〇日付で原告の昭和二五年度の所得額を金四三一、六五〇円と、昭和二六年度分の所得額を金七〇一、八〇〇円とそれぞれ更正する旨の処分をし、同年八月一〇日頃原告に通知した。

三、原告は、右各更正決定に対し同年九月八日再調査の請求をしたところ、審査請求とみなされ、訴外広島国税局長は、昭和三一年六月一一日審査請求を棄却する旨の決定をし、その旨原告に通知した。

四、しかし、被告のした更正決定は、違法である。すなわち、

(一)  被告は、昭和二七年七月五日原告の昭和二五年度および昭和二六年度の確定申告を取り消す旨の処分をし、その頃原告に通知した。右処分によつて両年度の所得税に関しては、原告の納税義務は消滅したから、その後に右両年度の所得税に関し更正決定を受けるいわれはない。

(二)  原告の両年度の所得は、前記申告額のとおりであつて、各更正決定のような所得はない。

五、そこで各更正決定の取消を求める。」

と述べ、被告主張の抗弁事実に対する答弁および反対主張として、

「一、被告主張欄二記載の事実は否認する。

二、(一) 同三記載の事実中、原告が当時肥料および主要食糧販売業ならびに農業を営んでいたこと、原告が株式を所有し、配当を得ていたこと、別表第一の各項目中、定期預金、商品、貸付金、建物および借入金の項目をのぞくその余の項目、同第二の定期預金、商品、貸付金、建物および借入金の項目をのぞくその余の項目の被告主張の時期の現在高が被告主張のとおりであつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)(1)  別表第一の建物(倉敷市羽島一九八番地所在の事務所)は、昭和二四年中に建築したものであつて、昭和二五年度の資産負債には無関係である。

(2)  別表第一の借入金は原告が多数の農家を代表して原告名義で訴外株式会社中国銀行倉敷支店より借り受けたものであつて、原告個人の負債ではないから、この借入金の減少は、原告の所得と無関係である。

(三)  別表第二の建物(倉敷市羽島一九八番地所在の倉庫)は、昭和二八年に建築したものであつて、昭和二六年中に増加した資産ではない。

(四)  原告の昭和二五、二六年度の各種目別の所得額は、別表第八のとおりである。

三、(一)(1) 原告は、昭和二四年一二月二三日訴外岡山団体食料品協同組合に五〇〇、〇〇〇円を貸与したが、右貸金の支払のため振出を受けていた昭和二五年二月二〇日満期の約束手形は、不渡りとなり、同年秋頃には右組合は破産状態となつて解散し、右債権の回収は不能となつた。

(2) 原告は昭和二四年二月一九日訴外西真一に対し金八〇、〇〇〇円を貸与したが、その返済のために受け取つていた同人振出の昭和二四年四月一九日満期の手形は不渡りとなつて、昭和二五年中には回収不能となつた。

このように、昭和二五年中には金五八〇、〇〇〇円の貸倒れが生じたから、右金額は、損金として同年中の所得から控除されるべきである。

(二)(1) 原告は、西に、昭和二三年八月一六日金一〇〇、〇〇〇円、同月二一日金二〇〇、〇〇〇円の合計三〇〇、〇〇〇円を貸与していたが、昭和二六年八月頃返済を受けた。

(2) また原告は訴外貝原宗一に昭和二六年以前に二五〇、〇〇〇円を貸与していたが、昭和二六年中に返済を受けた。

(3) 原告は、昭和二六年八月中に訴外岡本昇男に対し倉敷市藤戸町天城字片原二、一八九番地家屋番号同所四二二番の二木造かわら葺平家建土蔵一棟建坪一〇坪五合を代金二七〇、〇〇〇円で売り渡し、その頃右代金を受領した。

(4) 原告は、昭和二六年中に訴外宇都山登に同所二、一八九番の宅地一一四坪四合を代金六五、〇〇〇円で売り渡し、その頃その代金を受領した。

右債権の回収および不動産の売却による現金の受領が、被告主張の資産の増加のなかに含まれているから、右金額は控除さるべきである。」

と述べた。

被告指定代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁および抗弁として、次のように述べた。

「一、請求原因一ないし三記載の各事実は認めるが、その余の事実は否認する。

二、原告は、昭和二五、二六年度の所得について原告主張のような確定申告をしたが、被告が調査したところ、右両年度とも右確定申告額以上の所得が存することが判明したので、被告は原告に対し、修正確定申告をするよう勧めたところ、昭和二七年六月二一日原告は同年五月二六日付で昭和二五年度の所得金額を金四三一、六五〇円、昭和二六年度の所得金額を七〇一、八〇〇円とする修正確定申告をしたが、後日になつて、右修正確定申告に異議を述べ、自らの意思で申告をしたことはないとか、あるいは税務署職員が原告の印鑑を盗用してしたものであるとかの申立をしたので、被告は将来の紛議を避けるため一旦確定していた修正確定申告に基づく所得額を当初の申告に基づく所得額に減額するための更正処分をし、そのご再更正処分として、本件処分をしたものである。(被告が前記減額更正処分をするにあたり、その通知書に取消通知書と表示したのは、単なる誤記であつて、右のかしがあつても、修正確定申告によつて確定している租税債権の一部分の取消をしたという処分の効果にはなんら影響を及ぼすものではない)

原告は、右減額更正処分を指してこれにより右両年度の所得税納付義務が消滅した旨主張するけれども、前記経緯によつて明らかなとおり、右減額更正処分は、なんら原告の納税義務が存在しないとしたものではなく、本件更正処分は、正当にされたものである。

三、原告の昭和二五、二六年度とも、本件更正決定において認定した所得額を遙かに上廻る所得を得ていたから、実際に存する所得額の範囲内でした本件課税処分は、いずれも適法である。

すなわち、被告は、原告の両年度分の各種目の所得金額について調査したが、原告は、その所得の内容を明らかにする帳簿書類等の記録を所持しておらず、種目ごとの所得の数額を正確に把握することが不可能な状態であつた。

ところが、原告は、現実に、肥料および主要食糧販売業ならびに農業等の事業を営んでおり、かつ各会社の株式を所有してその配当を得ており、またその他相当額の雑所得が存することが判明したので、被告はまず資産負債増減調査の方法(所得税法第四五条第三項に規定する推計方法)によつて、原告の両年度の総所得金額をそれぞれ別表第一、第二のとおり算出し、さらに、その所得の発生原因を調査して別表第三、第四のとおり、各種目別の所得金額を算出したのである。

すなわち、営業所得については、原告所持の資料によつて、別表第五、第六のとおりとし、農業所得については、広島国税局所定の所得標準率により、配当所得については、昭和二五年分は各会社に照会して得た資料によつて別表第七のとおりとし、また雑所得については、農業手形による貸付金の高額利息、肥料の売掛金に対する利息、非営業貸金の利息、手形割引手数料、相当額の収入が存在することが推認できたが、その具体的数額については適確に把握することができなかつたので、前記総所得金額から営業所得、農業所得および配当所得の各金額を控除した金額をもつて雑所得としたものである。

四、かりに、別表第一の建物(事務所)が昭和二六年中に、同第二の建物(倉庫)が昭和二八年中に建築されたとしても、別表第一、第二のうち右建物の項目を右のように修正すると、原告の昭和二五年度の所得額は八八四、〇二九円、昭和二六年度の所得額は一、一三七、七三九円と推定されるから、右所得額の範囲内でされた本件課税処分は、適法である。」

と述べ、原告の反対主張に対する答弁として、

「一、別表第一、第二の借入金のなかに、原告主張のように、いわゆる農業手形による借入金が含まれていることは認めるが、右農業手形による借入金については、同額を資産の部の貸付金に計上してあるから、被告主張の資産の増加については、影響はない。

二、原告主張の三記載の事実はすべて否認する。原告は、昭和二六年中に西真一や貝原宗一からその主張するような金員の弁済を受けていないし、岡本昇男に土蔵を売却したのは、昭和二二年五月のことであり、また宇都山登に売却したという宅地を処分したのは、昭和二七年八月一八日で買い主は、安田一郎である。」

と述べた。

証拠として、原告訴訟代理人は、甲第一ないし第一二号証、第一三号証の一、二、第一四ないし第二六号証を提出し、証人貝原宗一、同西真一、同小林詫美、同安田一郎、同陶浪鉄三郎、同応武康博、同岡野正直、同小川巧の各証言、原告本人の尋問の結果を援用し、乙第一号証、第二号証の一、二、第三号証の一ないし五、第四号証、第八号証、第九号証の一ないし四、第一一号証の一、二、第一二、第一三号証、第一五号証、第二二号証、の各成立を認め、その余の乙号各証の成立は不知と述べた。

被告指定代理人は、乙第一条証、第二号証の一、二、第三号証の一ないし五、第四号証、第五号証の一ないし一五、第六ないし第八号証、第九号証の一ないし四、第一〇号証、第一一号証の一、二、第一二ないし第二九号証を提出し、証人守上正孝、同宮脇彦六、同大島富男、同田原広、同浅田和男、同岡本昇男の各証言を援用し、甲第一ないし第七号証、第一三号証の一、第一四号証、第一六、第一七号証、第二五号証の各成立、第一八号証および第二四号証のうち各倉敷市長作成部分の成立を認め、第一八号証および第二四号証のその余の部分の成立ならびにその他の乙号各証の成立は不知と述べた。

理由

一、請求原因一ないし三記載の事実は、いずれも当事者間に争がないから、本件訴は、適法というべきである。

二、原告は、本件更正決定は、原告の納税義務の消滅後にされたものであるから違法であると主張するので、考えてみよう。

いずれも成立に争のない甲第一ないし第三号証、乙第一号証、同第二号証の一、同第四号証と証人守上正孝、同宮脇彦六、同大崎富男の各証言と原告本人の尋問の結果(ただし後記の部分をのぞく)と本件口頭弁論の全趣旨とによると、次のような事実が認められる。

(一)  原告は昭和二五、二六年度の所得税についてそれぞれ原告主張のような確定申告をしていたが、昭和二七年五月頃原告の元使用人紀本健太郎から税務官署に原告の過少申告の事実の通報があつたので、被告が原告の所得の調査をしたところ、前記申告額を上廻わる所得があると認めたので、倉敷税務署の職員である訴外守上正孝は、同年六月二一日、原告を同署に招き昭和二五年度については所得額を金四三一、六五〇円、昭和二六年度については、所得額を七〇一、八〇〇円とする修正申告をするよう勧告したところ、原告は、同伴して来ていた税理士の訴外大崎富男の意見を聞いたうえで、やむを得ないと考え、右金額の修正申告に同意して、申告書に署名捺印して、申告をすませた。

(二)  ところが同年九月二五日頃被告から右修正申告による納税の催告を受けたが、その税額に納得がゆかず、前記修正申告書は自らの意思に基づくものでないとか、申告書の捺印は、前記守上が勝手にしたものであるとかの理由で、その頃から被告に対し再三にわたつて抗議をした。そこで被告は、更正処分による課税が適当と考え、一たん修正申告による所得額を減額して確定申告による所得額に減額の更正をしたうえ、あらためてその認定した所得額に更正するため、昭和二九年八月一日所得税取消通知書と題し、調査の結果次のとおり取消したとして当初課税額に修正申告による金額を、調査額欄に確定申告による金額を増減差額欄に右両申告額の差額を△印をつけて記載した書面を原告に送付し、同月一〇日本件更正決定をした。

このような事実が認められるのであつて、右認定と矛盾する原告本人の尋問の結果は、措信することができない。

右認定の事実によると、前記取消通知書は、更正と表示すべきところを誤まつて取消と表示したものと解するのが相当であり、右通知によつて、原告の納税義務を消滅させる処分ということはできないから、原告の主張は採用することができない。そして、租税債権が時効によつて消滅するまでは、税務署長は、いつでも更正決定をすることができるというべきであるから、本件更正決定は、違法ではない。

三、そこで、被告の主張する原告の昭和二五、二六年度の所得額について検討しよう。

(一)  原告が昭和二五、二六年度の所得額について、これを明らかにするに足りる帳簿その他の資料を所持していなかつたことは、原告の明らかに争わないところであるから、被告が原告の両年度における資産負債の増減によつて所得額を推計する方法をとつたことは、やむを得ないこととして是認すべきである。

(二)(1)  昭和二五年中の資産、負債の増減についての別紙第一表中、当座預金、普通預金、株式、出資金および買掛金ならびに生活費の各項目の昭和二五年一月一日および同年一二月三一日現在の価額が被告主張のとおりであることは、当事者間に争がない。そこで争いのある項目について順次判断する。

(2)  定期預金

証人田原広の証言によつて真正に成立したと認められる乙第五号証の七および九、同第二〇号証によると、原告の昭和二五年一月一日現在の定期預金高は、中国銀行駅前支店に対する五〇、〇〇〇円で同年一二月三一日現在の定期預金残高は、同銀行倉敷支店に対する金一〇〇、〇〇〇円であることが認められる。右認定に反する証拠はない。

(3)  商品

成立に争のない乙第二号証の二、同第一一号証の二と証人宮脇彦六の証言によると、昭和二五年八月頃まで肥料は統制下にあつたため、同年一月一日の肥料類の在庫はなく、同年一二月末日の肥料類の在庫量は金二二二、一九八円であることが認められる。原告本人尋問の結果のなかには、昭和二五年一月一日現在にも肥料の在庫が存在したかのように供述する部分があるけれども、措信することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(4)  貸付金

証人田原広の証言によつて真正に成立したと認められる乙第五号証の一一ないし一四によると、昭和二五年一月一日現在の農業手形による貸付金は九九、七〇〇円であり、同年一二月三一日現在のそれは二五八、〇〇〇円であることが認められる。

なお原告は、農業手形による貸付金のほかに他人に対する貸金債権があることは、後記認定のとおりであるが、右債権が昭和二五年中に変動があつたと認めるに足りないことは後記説示のとおりであるから、所得推計上は、これらの貸金を度外視しても不合理ではない。

(5)  建物

成立に争のない乙第九号証の四の記載、証人宮脇彦六の証言のなかには、被告主張の事務所は、昭和二五年中に建築した旨の記載や供述があるけれども、後記証拠と対比すると、該部分は、容易に措信することができず、他に右建物が昭和二五年中に建築されたことを認めるに足りる証拠はない。倉敷市長の証明部分の成立につき当事者間に争がなく、その余の部分も本件口頭弁論の全趣旨によつて真正に成立したと認められる甲第二六号証と本件口頭弁論の全趣旨とによると、前記事務所は、昭和二六年中に建築されたことが認められる。原告は、右事務所は、昭和二四年中に建築されたと主張し、成立に争のない甲第二五号証、証人小川巧の証言や原告本人尋問の結果のなかには、右主張にそうよう記載、供述する部分があるけれども、前掲証拠と対比すると、容易に措信することができないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(6)  借入金

証人田原広の証言によつて真正に成立したと認められる乙第五号証の一〇ないし一二によると、原告の昭和二五年一月一日現在の借入金は中国銀行駅前支店からの九四九、七〇〇円、同銀行倉敷支店からの五〇、〇〇〇円合計九九九、七〇〇円、同年一二月末日現在のそれは、同支店からの金七五八、〇〇〇円であることが認められる。

原告は、右借入金は、多数の農家を代表して原告名義でしたものであると主張するけれども、被告の自認する前記農業手形による貸付金をこえて、農業手形を担保とする借入金が存在する証拠はなにもない。そして、右農業手形を担保とする借入金については、前記のように原告の各農家に対する貸付金として別箇に計算されているのであるから、借入金のなかに農業手形によるものが含まれていることによつて、原告の資産負債の増減による所得の推計が不合理ということはできない。

(7)  貸倒れの発生

(イ) 原告は、昭和二五年中に岡山団体食料品協同組合に対する貸金債権五〇〇、〇〇〇円が回収不能となり損害を受けた旨主張する。そして、証人応武康博の証言によつて真正に成立したと認められる甲第八号証、同証言、証人陶浪鉄三郎の証言および原告本人尋問の結果を考え合わせると、原告は、昭和二四年一二月二三日前記組合に五〇〇、〇〇〇円を弁済期昭和二五年二月二〇日との約束で貸し渡し、その支払のため右組合振出の手形を受けとつていたが、弁済期に支払を受けられなかつたことが認められるけれども、右貸金債権が昭和二五年中に回収不能となつたことを認めるに足りる証拠はない。なるほど、証人応武康博の証言や原告本人の尋問の結果のなかには、右組合は、昭和二五年秋頃には、破産状態に陥り、自然消滅し、そのご代表者の行方も知れなくなつた旨供述する部分があるけれども、前記甲第八号証、証人応武康博の証言、本件口頭弁論の全趣旨によつて認められる、前記組合振出の手形は、満期に支払場所に呈示されていないこと、右組合は、給食を実施している事業主を構成員とする民法上の組合であるが、原告が、これらの構成員に対しその責任を追究した事跡もないことなどの事実と対比すると、前記供述部分は、容易に措信できないところである。そして昭和二五年または昭和二六年中に右債権が回収不能となり、貸し倒れとなつたことを認めるに足りる証拠はない。

(ロ) 証人西真一の証言によつて真正に成立したと認められる甲第九号証と同証言によると、原告は昭和二四年二月一九日西真一に八〇、〇〇〇円を弁済期同年四月一九日との約束で貸与し、そのさい西振出の約束手形を受け取つたが、弁済期に支払を受けられなかつたことが認められるけれども、右債権が昭和二五、六年中に回収不能となつたことを認めるに足りる証拠はない。

そうだとすると、原告の貸倒れの発生の事実は、認めるに足りる証拠がないから、原告主張の金額を推計所得額から控除することは相当でない。

(8)  そうすると、別表第一のうち、建物の項目について、昭和二五年一二月末日の現在高を○と修正したうえ、右表により同年中の資産増減によつて所得額を推計すると、金八八四、〇二九円ということになる。

(三)(1)  昭和二六年中の資産負債の増減についての別紙第二表中当座預金、普通預金、出資金、土地、株式、新株払込証拠金および買掛金ならびに生活費の項目に関する被告主張事実は、いずれも当事者間に争がない。

(2)  定期預金

昭和二五年一二月三一日現在(したがつて昭和二六年一月一日現在も同じ以下同様)の原告の定期預金残高が一〇〇、〇〇〇円であつたことは前記認定のとおりであり、前記乙第五号証の七および九、乙第二〇号証によると、原告の昭和二六年一二月三一日現在の定期預金は、中国銀行倉敷支店に対する一〇〇、〇〇〇円であることが認められる。

(3)  商品

昭和二五年一二月三一日現在の原告の肥料の在庫が二二二、一九八円であつたことは前記認定のとおりであり、前記乙第二号証の二、同第一一号証の二によると、昭和二六年一二月三一日現在の肥料の在庫は、一、三四五、四〇五円であることが認められる。

(4)  貸付金

昭和二五年一二月三一日現在の原告の農業手形による貸付金が二五八、〇〇〇円であることは、前記認定のとおりであり、証人田原広の証言によつて真正に成立したと認められる乙第五号証の三、一一および一五によると、昭和二六年一二月三一日現在の原告の農業手形による貸付金残高は、四八八、八三二円であることが認められる。

(5)  建物

(イ) 被告主張の事務所が昭和二六年中に建築されたことは、前記(一)で認定したところであり、右建物の価額が二〇〇、〇〇〇円であることは、当事者間に争がない。

(ロ) 被告はさらにその主張の倉庫も昭和二六年中に建築されたと主張し、前記乙第九号証の四、証人小林詫美の証言によつて成立したと認められる乙第八号証、証人田原広の証言によつて真正に成立したと認められる乙第一八号証のなかには、被告の右主張にそうような記載部分があるけれども、右記載部分は、後記の証拠と対比すると措信することができない。そして、他に被告の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。かえつて、成立に争のない甲第一三号証の一、倉敷市長の証明部分の成立につき争がなく、その余の部分も本件口頭弁論の全趣旨によつて真正に成立したと認められる甲第一八号証と証人守上正孝の証言とによると、右倉庫の建築が開始されたのは、昭和二七年の末か昭和二八年になつてからであつて、右建物について原告が金員を出捐したのは、昭和二七年以後であることが認められる。

(6)  借入金

昭和二五年一二月三一日現在の原告の借入金が七五八、〇〇〇円であることは、前記(二)で認定したところである。そして前記乙第五号証の一一によると、原告の昭和二六年一二月三一日現在の原告の借入は、中国銀行倉敷支店からの一、七八八、八三二円であることが認められる。

(7)  貸倒れの発生

原告の岡山県団体食料品協同組合および西真一に対する貸金が昭和二六年中に回収不能となつたと認めるに足りないことは(二)で説示したとおりであるから、かりに原告の主張が右二個の債権が昭和二六年中に回収不能を主張するものであるとしても、採用することはできない。

(8)(イ)  原告は、昭和二三年に西に貸与した貸金の弁済を昭和二六年八月頃受けたと主張し、証人西真一の証言によつて真正に成立したと認められる甲第一一号証、同証言および原告本人尋問の結果のなかには、右主張にそう部分があるけれども、右部分は、証人西真一の証言によつて真正に成立したと認められる乙第二一号証や同証言の他の部分と対比すると、措信することができないし、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

(ロ)  原告は、昭和二六年以前に貝原宗一に貸与した二五〇、〇〇〇円を同人から昭和二六年中に返済された旨主張し、証人貝原宗一の証言によつて真正に成立したと認められる甲第一二号証や同証言および原告本人尋問の結果のなかには、右主張にそう部分があるけれども、右部分は証人貝原宗一の証言によつて真正に成立したと認められる乙第二六号証や同証言中の他の部分に対比すると、措信することができないし、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

(ハ)  原告は昭和二六年八月頃岡本昇男にその主張の土蔵を代金二七〇、〇〇〇円で売却し、その頃その代金を受領した旨主張し、証人岡本昇男の証言によつて真正に成立したと認められる甲第一〇号証、原告本人尋問の結果のなかには、右主張にそう部分があるけれども、右部分は、成立に争のない甲第二二号証、証人岡本昇男の証言と対比すると、とうてい措信することができず、右の証拠によると、土蔵を岡本に売却したのは、昭和二二年頃のことであることが認められる。

(ニ)  原告は、昭和二六年中に宇都山登に原告主張の宅地を代金六五、〇〇〇円で売却し、その頃その代金を受領した旨主張し、成立に争のない甲第一七号証および原告本人尋問の結果のなかには、右主張にそう部分があるけれども、右部分は、成立に争のない甲第一四号証および証人安田一郎の証言と対比すると、とうてい措信できないし、他に右事実を認めるに足りる証拠はなく、右証拠によると、右土地の売買は昭和二七年八月頃にされたことが認められる。

そうすると、債権の回収や不動産の処分によつて、被告主張の資産が変動したという原告の主張は、いずれも採用することができない。

(9)  そうすると、別表第二のうち建物の項目について、昭和二六年一月一日の現在高を○と、同年一二月三一日の現在高を二〇〇、〇〇〇円と修正して、右表により同年中の資産増減によつて所得を推計すると、金一、一三七、七三九円となる。

四、してみると、原告は、昭和二五、二六年度において、本件更正決定による所得額をこえる所得があつたというべきであるから、本件更正決定は違法でない。

五、このようなわけで、原告の本訴請求は、理由がないから、棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のように判決する。

(裁判長裁判官 柚木淳 裁判官 井関浩 裁判官 木原幹郎)

別表第一 昭和二五年分資産負債増減調査表

<省略>

注 当座預金および普通預金の金額欄に記載してある△印は預金の借越を示すものであって、実質は原告の負債となるものである。(以下別表第二においても同じ)

別表第二 昭和二六年分資産負債増減調査表

<省略>

別表第三 昭和二五年分種目別所得金額の内訳表

<省略>

別表第四 昭和二六年分種目別所得金額の内訳表

<省略>

別表第五 昭和二五年分営業所得明細表

<省略>

別表第六 昭和二六年分営業所得明細表

<省略>

別表第七 昭和二五年分配当所得明細表

<省略>

(注) (1) 株式数は別表第一の有価証券(株式)欄記載と同一のものであつて争いないものである。

(2) 配当金の入金事実については乙第五号証の三および乙第五号証の八をもつて立証する。

別表第八 原告主張の所得の内訳表

<省略>

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